23/11/14 全ては自己の肯定に通ず

日記

ここ数日の私は、とにかく自分との対話に没頭していた。
有り体に言うとネガティブの爆発である。

自分という人間が、どれだけ好奇心に対し弱いのか。
自分という人間は、どこまで克己心が育たないのか。

もうとっくに、そんな人間じゃないってわかってるのに、
自分は普通だと、自分を含めて騙そうとする。

かといって、異端であることが許されるほどの能力もない。
普通じゃない。異常でもない。どこにでもいる、ただのオタク。

おかしな話だ。生き辛さは、誰かと比べるようなものじゃないのに。
私が上だ、私の方が可哀想だ、と、そこでも競い合ってしまう。

結局。昔のリフレインになってしまう。
あの時と違うのは、思考の言語化ができつつあることだ。

荒み切って、がむしゃらに生きていたあの時とは違う。
良くも悪くも歳を取って、もやもやした心のあり方を、

ある程度、吐き出すことができるようになった。
テキスト上の、誰が見ているかもわからない場末のブログだが。

自己肯定感とは、そう簡単に育つものではない。
適切な手段、適切な方法を持って、ゆっくりと育っていく……

いわば木のようなものだ。地盤が緩かったり、
根が張り切っていないのに、成長しようとしても難しい。

ここまで書いて、はたと気づいた。
今現在の私には地盤である「目標」がないのだ。気づかなかった。

学業の忙しさに忙殺され、将来のことを長く考える時間が取れず、
結果的に「学び屋に通う意義」を見いだせなくなっていた。

というより、最初から私の目標はそこになかった。
ただ、何者でもなくなることが怖かっただけなのだ。

ようやく基本方針が固まった。夢なんて、案外近くにあるもの。
今の私の目標は「ゲームを発売し、有名になること」。

となれば、これからどうするかは自明である。
まあ、諸々続報をお待ちくださいな。

「やっても無駄だから、やらない方がいい」
「こんなこと言っても、寝て起きて、我に帰れば冷めちゃうよ」

そうも思うけども、こういうのは宣言することに価値がある。
さぁ、頑張っていきましょうか。

今日は、このあたりで。

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