ここ数日の私は、とにかく自分との対話に没頭していた。
有り体に言うとネガティブの爆発である。
自分という人間が、どれだけ好奇心に対し弱いのか。
自分という人間は、どこまで克己心が育たないのか。
もうとっくに、そんな人間じゃないってわかってるのに、
自分は普通だと、自分を含めて騙そうとする。
かといって、異端であることが許されるほどの能力もない。
普通じゃない。異常でもない。どこにでもいる、ただのオタク。
おかしな話だ。生き辛さは、誰かと比べるようなものじゃないのに。
私が上だ、私の方が可哀想だ、と、そこでも競い合ってしまう。
結局。昔のリフレインになってしまう。
あの時と違うのは、思考の言語化ができつつあることだ。
荒み切って、がむしゃらに生きていたあの時とは違う。
良くも悪くも歳を取って、もやもやした心のあり方を、
ある程度、吐き出すことができるようになった。
テキスト上の、誰が見ているかもわからない場末のブログだが。
自己肯定感とは、そう簡単に育つものではない。
適切な手段、適切な方法を持って、ゆっくりと育っていく……
いわば木のようなものだ。地盤が緩かったり、
根が張り切っていないのに、成長しようとしても難しい。
ここまで書いて、はたと気づいた。
今現在の私には地盤である「目標」がないのだ。気づかなかった。
学業の忙しさに忙殺され、将来のことを長く考える時間が取れず、
結果的に「学び屋に通う意義」を見いだせなくなっていた。
というより、最初から私の目標はそこになかった。
ただ、何者でもなくなることが怖かっただけなのだ。
ようやく基本方針が固まった。夢なんて、案外近くにあるもの。
今の私の目標は「ゲームを発売し、有名になること」。
となれば、これからどうするかは自明である。
まあ、諸々続報をお待ちくださいな。
「やっても無駄だから、やらない方がいい」
「こんなこと言っても、寝て起きて、我に帰れば冷めちゃうよ」
そうも思うけども、こういうのは宣言することに価値がある。
さぁ、頑張っていきましょうか。
今日は、このあたりで。

