23/12/26 ブルーバード・シンドローム

日記

私は作品の感想や考察、トレンドに対する反応を、
Xでパブサし、見て回ることを趣味の一つとしている。

自分と同意見の人間を探しているのか、
あるいは、全く異なる意見の根拠を求めているのか。

たった140文字から与えられる情報量では、
「なぜ、その感想を抱くに至ったのか」が見えてこない。

なので、気になる意見を発したアカウントを遡り、
過去のポストやいいねを、ズラっと見に行ったりもする。

……まぁ基本、それでもわかることはない。
Xからは「人物像」しか見えない。「人生」が見えてこない。

仕方ない。自分の感情の理由を、誰が見るかもわからない、
ネットの海へ放流するのは怖いし、恐ろしいものだ。

結果的に、X――Twitterに長らく浸かった人間は、
「強い感情」ばかりを目にし、「その理由」を知れないのだ。

理由が分からなければ、理解はできない。
感情の存在を、許容することしかできない。

それが私のコミュ弱の根本症状。システムに毒され、
相互理解を “不可能だと思い込まされた” 最大の原因。

自分の感情の理由を、理屈を、原因を、ワケを、
ネットの海に流す人間を探し続けて。

いつのまにか、自分もネットの海に人生を、
自分の感情の変遷や、起源すらも打ち明けている。

いるかもしれない青い鳥を求め続け、探す姿は……
『ブルーバード・シンドローム』そのものだった。

今日はここまで。

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