24/03/11 間違いなんかじゃない

日記

やっぱり私は、他人の精神状態に強く影響を受けるタイプらしい。
これは性格というより、生まれ持った性質と捉えた方が近い気がしている。

相手の感情が伝わってくる——というより、流れ込んでくるという感じだ。
自分の意思や心なんてお構いなしにやってきて、波に流されてしまうというか。

自分の心と他者の心を価値として比べると、いまだに後者の方が勝る。
他人が悲しんでいれば(自分の本心とは関係なく)悲しめるし、喜んでいれば喜べる。

ただそこには矛盾が生じる。自分の心(本心)を殺しているのだから当たりまえだ。
合わせることはできるが、徐々にストレスが溜まっていってしまう。

幼少期に「合わせないと生きていけない」という刷り込みがされているのも大きい。
親からの圧だったり、田舎特有の関係性だったり、原因はひとつではないが。

他人の意思をとても価値ある(無視してはいけない)ものとしているがゆえに、
純粋な自分発の欲求でそれを無視したとき、大きなネガを引き起こす。

結果。私が本当にやりたいこと・本心からの行動によって起きた影響に、
自分自身がとても強いショックを受けてしまう。

「合わせないと生きていけないのだ」と理性は語る。
「やりたいことをやっただけなのに」と本心は叫ぶ。

完全な趣味、自分がやりたいからやること(それ以外に根拠を提示できないこと)に、
罪悪感を持ってしまう。自己弁護のための証拠が足りなくなる。

自分を優先している状態から、他人を優先する状態に戻ったときに、
反動でそれまでの自分自身を否定してしまう……それが「ネガ状態」なのだ。

結局のところ、すべては自己肯定感の低さが影響している。

自分が納得したのだからそれでいい、という覚悟と責任は、
背負える力——自己肯定感がないとあっという間に崩れてしまう。

そして自己肯定感なんてものは、自分の経験・傷・能力といったアイデンティティを
自分自身で認められることでしか育たない。得てしてそんな機会はめったに訪れない。

正直昔よりはマシだ。過去の自分を許容できている(尊重や肯定まではいけていない)。
自分を肯定できる材料を、証拠を、根拠を、これっぽっちも持っちゃいなかった。

今はわずかでもそれがあるからこそ、前を向ける。過去を許容できる。
だから次は、自分自身をもっと肯定できるように努力せねばならないのだ。

今日はここまで。

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