やっぱり私は、他人の精神状態に強く影響を受けるタイプらしい。
これは性格というより、生まれ持った性質と捉えた方が近い気がしている。
相手の感情が伝わってくる——というより、流れ込んでくるという感じだ。
自分の意思や心なんてお構いなしにやってきて、波に流されてしまうというか。
自分の心と他者の心を価値として比べると、いまだに後者の方が勝る。
他人が悲しんでいれば(自分の本心とは関係なく)悲しめるし、喜んでいれば喜べる。
ただそこには矛盾が生じる。自分の心(本心)を殺しているのだから当たりまえだ。
合わせることはできるが、徐々にストレスが溜まっていってしまう。
幼少期に「合わせないと生きていけない」という刷り込みがされているのも大きい。
親からの圧だったり、田舎特有の関係性だったり、原因はひとつではないが。
他人の意思をとても価値ある(無視してはいけない)ものとしているがゆえに、
純粋な自分発の欲求でそれを無視したとき、大きなネガを引き起こす。
結果。私が本当にやりたいこと・本心からの行動によって起きた影響に、
自分自身がとても強いショックを受けてしまう。
「合わせないと生きていけないのだ」と理性は語る。
「やりたいことをやっただけなのに」と本心は叫ぶ。
完全な趣味、自分がやりたいからやること(それ以外に根拠を提示できないこと)に、
罪悪感を持ってしまう。自己弁護のための証拠が足りなくなる。
自分を優先している状態から、他人を優先する状態に戻ったときに、
反動でそれまでの自分自身を否定してしまう……それが「ネガ状態」なのだ。
結局のところ、すべては自己肯定感の低さが影響している。
自分が納得したのだからそれでいい、という覚悟と責任は、
背負える力——自己肯定感がないとあっという間に崩れてしまう。
そして自己肯定感なんてものは、自分の経験・傷・能力といったアイデンティティを
自分自身で認められることでしか育たない。得てしてそんな機会はめったに訪れない。
正直昔よりはマシだ。過去の自分を許容できている(尊重や肯定まではいけていない)。
自分を肯定できる材料を、証拠を、根拠を、これっぽっちも持っちゃいなかった。
今はわずかでもそれがあるからこそ、前を向ける。過去を許容できる。
だから次は、自分自身をもっと肯定できるように努力せねばならないのだ。
今日はここまで。

