wordpressをいじっていたら、あやうく取り返しのつかないことになりかけた。
いや〜めっちゃ焦ったな。バックアップ取ろうとして全削除とかシャレにならん。
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実は昨日のあいだ、ネガを一切感じない無敵モードのようなメンタルになっていて、
そのとき不思議に感じたことをいくつか書き残しておいた。加筆修正のうえで記載しよう。
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端的にいうと、本来あるべきはずの(動いているべきのはずの) 部位が停止しているような、
普段の「当事者感」が5割減ぐらいしているような、そんな感覚を覚えていた。
うん。この状態でリスクのある判断や行動をするのはまずそうだ。
そのあたりの直感を担う嗅覚的な部位が、完全に麻痺状態になっているっぽい。
魂の感度が低下しているというか。何らかの情報と、それを受け取る自分のあいだに
洗濯のりやフィルムのような膜が張られていて、客観視できるみたいな状態。
具体的には苦痛と不安が妙にすっぽ抜けていて、全体的にふわふわしている。
かといって論理思考が成り立っていないとか、プログラムができないとかもなく。
つねに10%ぐらい夢を見ていて、現実味がうっすら欠けているような。
なんか、飄々と生きてる人って「こんなん」なのかな〜とは思っちゃった。
あと、私の欲求不満が根っからの”苦”と”痛”から生まれたものがほとんどだからか、
その消滅と連動して、あらゆる興味が一気に失せた(ように感じた)のは興味深い。
普段、自分がどれだけ「不安」とか「ネガ」をモチベにしてたのかも理解できた。
我ながらさすがにどうか? とも思うけれど。でもやっぱり恐怖って大事ですよ。
追いかけられているからこそ走れるっていう感じ。「見ている人に怒られるかも」とか。
“お金が欲しい”や”幸せになりたい”も、つまるところは「不安」に行き着くし。
ずーっと「ネガ」と「反転」が軸になった物の見方をしているから、
それを失った途端に前後不覚になってしまったというか。自意識の過剰な安定。
仮にネガが完全消滅したとしても、ポジティブな人間になるって訳ではなさそう。
悪感情も、不感になるよりはよっぽどマシな刺激なんだな、と再認識できた。
今回普通にしていられたのは、知的快感というか「刺激のなさ」それ自体への
興味が持続していただけで、これはあんまり続いて欲しくない状態な気がしている。
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今日はここまで。

