たぶん今週いっぱいは鉄火場、修羅場の作業中なので日記は短め。
私はどうしても、自分が存在することで生みでる「業」、
他人にかける迷惑とか、そういったモノを気にしてしまう性質だ。
なにかが決定的にズレているような、それでひどい過ちを繰り返すような。
大げさじゃなく、そういった疎外感を幼い頃からずーーっと感じている。
現実は厳しい。
「存在する」「ただそこにある」というコトですら、行動の一種だ。
勘違い、筋違い、見当違い、思い違い、どんな理由があろうと、
行動には意志が、意志には責任が、責任には結果がついてまわる。
自分だけが誠実であることを心がけようとしても、他人はどうしようもない。
それが現実だ。どこまでも空しく、虚しく、断絶した世界だ。
たとえ「いろんなヒトの人生をハッピーにする」と嘯いても。
どこかの誰かに妬まれ恨まれたとき、自分は自分を保てるだろうか。
自分の意志、明確な意図によって生み出された創作物によって、
確実に愉快になるヒトがいれば、確実に不快になるヒトもいる。
……その事実と正面から向き合ったとき、
自分は、その空想の正当性を、心の底から示せるのだろうか?
今日はここまで。

