特筆事項として、私は人格形成の過程で年下と関わった経験が少ない。家庭環境という観点では弟や妹がいないし(ひとりっ子なので)、友人や親戚もほとんどが年上、よくて同い年なのだ。
なんだかんだ様々な文化圏を渡り歩いてきたが、あらゆるコミュニティで自分が最も年下であるケースが多かった。私の感性がやや年上のそれに近しいのが原因だ、という可能性も否定できないが。
遙か昔……塾通いしてたころに交流のあった年下とのコミュニケーションを思い返すと、同い年に対してのそれと同じやり方だったような覚えがある。もちろん知らず知らず相手に気を使わせていたんだろうけど。
先輩としての自認、意識、あるいは責任感が皆無だった。個人的嗜好としても後輩キャラがあんまりピンとこないのは、この辺の経験に由来した感性なのかもしれない。
閑話休題。ともかく、わずかな例外はあれど基本的に年上に合わせる立ち位置なことがほとんどだった。これは間違いなく、自分の性格がここまでひん曲がった原因の一つではあると考えられる。
特に、先述した兄弟姉妹がいない点はかなり大きいと思う。特に自己肯定感の面で。 近い歳の「絶対的な味方」がいない感覚というか、妙な孤独感というか。
時代・環境・立場・状況に依らず”何かあったら頼れる相手”がいない。居場所、と言い換えてもいい。心の拠り所・帰る先というニュアンスが近いだろうか。
なお両親はその役割にはなり得ない。これは関係性そのものに問題があるという意味ではなく、親子関係である以上パワーバランスが対等にはならない(なれない)ためだ。一個人としては心から信用している。
……いや違う。頼れないのではなく「頼りたくない」のだ。前の日記で書いた人間嫌い(人間怖い)というのも理由の一つだが、別の理由としては「負い目」とか「諦め」みたいな感情が近い。
相手を不快にさせるかもしれない、という恐怖が行動を阻害する。何をしてもどう見られているかが気になってしまう。誰も見てなくても他でもない自分が自分を見ている。
相手から見れば、私の方がよっぽど拒絶のポーズをしているのは重々承知の上だ。それでも、真っ当に生きてまっすぐにモノを考えている人のノイズになるよりはマシだな、と考えてしまう。
案外、この手の悩みは酒飲んで腹割って話せれば解決するようなモノなのかもしれない。多少の迷惑は酒のせいにできるし、理性由来の負い目や自意識過剰を酒で解除できる。
なにより場の雰囲気がそういったものを許す空気になってくれる。けれど私はあまり酔えない体質らしく、何度か挑戦はしたが心臓の鼓動が早まるだけで大して性格も変わらなかった。記憶も飛ばないし。
でも楽しくはあるのだ。自分が酔えないというだけであって、ベロベロになった人間の話を聞くのは面白いし興味深い。場の雰囲気が善い方向に行きやすいというだけでお酒には十分な価値があると私は思っている。
ここに書いてあることは素直になれさえすればシラフでも一瞬で解決するだろう。でもなれない。そういう人間として生まれてしまった以上、自分との向き合い方は自分で見つけるしかないのだろう。
今日はここまで。
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