【SS】パパはサンタクロース

作品
作品

    ◇

「それじゃ、おやすみなさい」
『はい、おやすみ』

でんわが切れる。部屋にツーツーと音がひびく。
ママが手を出してきた。これは『返して』の合図。

すこし迷ったけれど、けっきょく素直にわたした。
なんだか急にさびしくなって、ママの背中に声をかける。

「サンタさん、くるかな」
「……どうかしらね」

パタン、とドアがしまる。暗いへやに、ひとりきり。
ママはなんだか、悲しそうなかおをしていた。

今日は12月24日。クリスマスの日。
だから、おやすみとは言ったけど、ねむりはしない。

だって、ずっと待っていたプレゼントが、
ようやく今日、やってくるんだから!

「まだかなっ♪ まだかなっ♪」

ぬいぐるみを抱きしめて、あったまる。
やっぱりクマちゃんはあったかいなぁ。

ふかふか、もふもふ。ぬくぬく、すやすや。

「…………すぅ…………」

    ◇

わたしは、いつのまにかユメのなかにいた。
さいきん見るユメには、かならずパパが出てくる。

パパは半年ぐらい前から、海外でシュッチョー中。
チョーっていうぐらいだから、エラいひとだと思う!

ぜんぜん帰ってこれないのも、そのせいみたい。
でも、パパはやさしいから、でんわを時々くれる。

わたしの話をたくさん聞いてくれて、
さいごには「おやすみ」って言いあうの。

……じつはね、わたしのパパ、サンタクロースなんだ!
車できがえてるのを、1年まえにみちゃったから。

クラクション押しちゃうぐらい、ビックリしてたなぁ。
あわてんぼうで、おバカなサンタさん。

だから今年はね、ママにおねがいしたの。
「なんにもいらないから、サンタさんと会いたい」って。

ママは、パパとちがってすごくガンコだから、
「会えない」とか「無理」っていうの。ひどいよね。

「去年見つかっちゃったから、今年は来ないって」
なんて、ウソまでついて。

でも、ずっとおねがいしてたら、わかってくれたの。
かわりに、すっごくいい子になるって約束しちゃったけど。

『あぁ……』

……どこからか、声がする。ふしぎと、目がさめていく。
なのになんだか、夢のなかにいるような気分。

「………………パパ?」

    ◆

――末期がんと宣告されたのは、半年前のことだった。

最初はなんてことのない、頭痛や腹痛……
俺は馬鹿だった。しょせん風邪だ、とたかを括っていた。

勤務先で倒れ、救急搬送されたときには……
腫瘍は既に、手の施しようがない状態に育ってしまっていた。

――診断はステージ4、末期がん。
直接伝えられる前に、妻の顔色で察しはついていた。

俺以上に辛かったろうに、入院まわりの手続きや、
親族への連絡、書類の準備などをこなしてくれていた。

育児方針の違いで喧嘩も多かったが、やっぱり……
彼女を妻に迎えられて、本当によかった。

そして――娘。まだまだ成長盛りで多感な時期だ。
あの子に、いらぬ心配はかけたくなかった。

妻から海外出張だと伝え、時々電話を入れることにした。
辛い治療の日々の中で、あの子との会話は心の支えになった。

    ◆

「限界だ……」

病室で一人呟く。
10月の下旬、俺は精神の限界を迎えていた。

悪化していく症状。抜け落ちていく髪の毛。
力が落ちていく身体、痩せこけた顔。

「もう……ムリだ」

娘との電話の頻度も減っていた。
今の状態では、病気を悟られると思ったからだ。

いつからか、俺は鏡を見るのをやめていた。
これ以上、弱っていく自分の姿を見るのが、怖かったのだ。

    ◆

妻からその話を聞いたのは、11月の上旬。
抗がん剤治療で、俺の髪の毛が跡形もなくなった頃のことだ。

「俺に……会いたいだって?」

諦めさせようとはしたのだけれど、と泣きながら妻は言う。
子供の無邪気な願いというのは、時として残酷だ。

「無理だ……もう、この身体じゃ……」

弱音を吐く。電話すら辛くなってきているのに、
病院を出られるはずがない、と。

『でも、あなたは――サンタクロースでしょう?』
「――」

俺は――馬鹿のままだった。突然父と会えなくなった子が、
何を思い、願うのか、考えが及んでいなかったのだから。

「……その願い、叶えてあげないとな」

――その日から、一時外出に向けての準備が始まった。
辛い治療も、リハビリも、娘のためなら、と頑張れた。

鏡に映った弱い自分を、睨みつける。
まだやれるぞ、と病室で一人呟く。

日に日に痩せこけていく自分の身体を、顔を、
それがどうした、と乗り越えていく。

そうして、年末まであっという間に時間は過ぎていき――

「お願いします」
「はい、頑張りましょうね」

12月24日の夕方、看護師同伴のもと、俺は病院を出発した。

    ◆

車の中で娘との通話を終えたあと、ほどなくして、
我が家へ、実に半年ぶりに帰ってくることができた。

「あなた……」

杖をつきながら、玄関へと進む。妻へと向かう。
ただの段差が、まるで反りたつ壁のように思えてくる。

「……ただいま」
「うっ……ぐっ……おがえりっ……えっぐっ……」

ぎゅっ、と抱きしめられる。胸からすすり泣く声がする。
俺は杖と反対の手で、静かに、懸命に、抱きしめ返した。

リビングに入ると、少しだけ変化した光景が俺を出迎えた。
綺麗に畳まれたサンタ服が、机の上に置かれている。

「ははっ、用意がいいなあ」

ニット帽を、サンタ帽につけかえてみる。
これなら頭も隠れるし、心配はされないだろう。

ズボンは大変だったので、上着と手袋だけ付けることにした。
看護師にも手伝ってもらいながら、準備を整える。

「あの子は……奥の部屋か?」

妻は頷く。時刻は22時。いよいよ時は来た。
ドアが開かれる。ベッドのそばへ、静かに近づいていく。

「……寝ちゃったのか」

そこには、すぅすぅと寝息を立てる、娘の姿があった。
たった半年、されど半年。一回り大きくなったように感じる。

子供の成長は、やっぱり想像よりうんと早い。
それは、一緒にいた時も、感じていたことだけど。

「あぁ……」

聞こえてはいけないのに、声が漏れる。
眼球に焼き付けたいのに、視界が潤む。

頭を撫でる。この感触を、顔を、姿を――
絶対に忘れまいと、手を伸ばす。

俺は……

「んぅ…………パパ?」

お前のために、俺は――……

「いいや……ワシはサンタじゃよ」

馬鹿でもなんでも、ここまで生きてきたんだ、と。
そう伝えるために、会いに来たのだから。

    ■

聖夜の奇跡。一晩の夢。かくしてサンタは部屋を去る。

彼女の願いを、サンタ自身の願いを、
彼は、サンタクロースは、文字通り必死で叶えたのだ。

そのためにどれだけの無茶を通したのかは、想像する他ない。

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