突然だが、君は「自分または人類の明るい未来」を想像できるか?
私には、もうできなくなりつつある。
環境問題、AI、少子高齢化、スタグフレーション・・・・・・。
上の世代が好き放題やってきたツケで、私の世代ではもう詰んでいる、とさえ考えているのだ。
便利を優先し、娯楽を優先し、SDGsを鼻で笑う人間がいる。
政治を忌避し、議論を回避し、架空の世界に依存する人間がいる。
エンタメ業を志す人間が言うのもなんだが
もう正直、この先の未来は悪化する一方だと思っている。
今私が平和に暮らせているのは、奇跡のようなバランスに近い。
災厄の時代、令和に、この先何が起こるのか。
明日も明後日も、その先も。奇跡が続くよう、私は願うばかりである。
――
最近Twitterが「思考の違う人間たち」の話題で溢れすぎていて、
デメリットがメリットを上回りつつあるな、と感じている。
イーロンの騒動とは全く関係なく、Twitterの利用者層については
前々から、風向きが変わっているな、と感じていた。
TVのニュース番組がソース元にTwitterの動画を使っていたり、
若年層のメインストリーム(あるいは話題の種)ではなくなっていたり。
Twitterに代替する大規模コミュニティ(話題のコンテンツの集積所)もなかなかない。
かろうじて”X万人規模のDiscord”がその役割の一部を果たせるくらいだ。
最近、3人の従兄弟と会話する機会があり、いい機会だからと
流行しているもの、よく使うプラットフォームなどを聞いてみたのだが、
使うアプリはTiktok、Instagram、Youtube。
見ているものは人それぞれで、みんなが見てたり流行ってるものは無い
――というより、人それぞれ好きなものがある――という雰囲気らしい。
初めて聞いた時、私は愕然とした。
他人の好きを、ナチュラルに尊重できる。
否定渦巻くインターネットを見てきた、
天邪鬼で疑心暗鬼な私にとって、強烈な衝撃があった。
食わず嫌いせずに、新しいSNSを探してみようかな、と
そう背中を押されるような、嬉しさに似た奇妙な感情を覚えた。
結局その後、Tiktokは使い方がわかりづらすぎてやめましたけどね。
引越し先のアプリに知っている人がいないと、やる気が続かないもんです。


