23/06/19 トイレの神様

日記
日記

一人っ子で、祖父母も一緒の五人暮らしだったため、
当然の帰結として、私への干渉はとにかく多かった。

母は、私が反抗を起こすと、ヒステリックになった。
なんとか会話を試みても、途中ですべてを投げ出してしまう人だった。

父は、私の教育に関して、距離を置いていた。
休日はともかく、平日は会話すらできないことも多かった。

祖母は、怒ることこそ少なかったが、とにかく過保護だった。
ご飯から宿題、いろんな場面で口を出され続けた。

祖父だけは、とてもおだやかで、ほとんど干渉もされなかった。
だが、おだやかすぎて、助けを求めても何も起こらなかった。

……こんな環境に身を置いていれば、嫌でも大人の顔色を伺うようになる。

何かを言うなら、機嫌がいい時にするとか、
疲れていそうなときは、声をかけないようにするとか。

そうなると、自分の本心をずっと隠す生活を送るようになる。

結果、徐々にストレスがたまり、爆発する。
反抗することで、また母はヒスを起こす。

ヒスになると自分も悲しいから、本心を隠す。
負のスパイラルだ。今考えれば、我が家は狂っていた。

……私には逃げ場がなかった。

部屋には鍵もついていなかった。
閉じこもろうにも、あっさり侵入される。

家出しようにも、実家=我が家であり、しかも田舎だ。
ホテルも何もあったもんじゃない。

――だからだろう。トイレは私にとって安心できる場所になった。

閉鎖的。個室。鍵もかかる。
生理現象なので、大人にも怒られにくい。

習い事の最中でも、構わずトイレに行った。
毎回、長くトイレにいるから、サボりと見抜かれてたとは思うけど。

私は今でも、トイレに座ると心が落ち着く時がある。
心の中で、そこだけは“僕”を出せる唯一の場所と認識しているのかも。

この日記は「なるべく本心を書く」のがコンセプトだが、

「私こと”アイケー”が、コンテンツ化できて、ある程度オチがつく、
600文字以上は書けそうな、日々の出来事から感じたものを書く」

という複数の条件付きだ。

もちろん外に出せない感情もたくさんあるし、
そっちの方が多いに決まっている。

――しかし。過去の日記をずらっと見た限り、
私は、日々の出来事だけ語ることはほとんどないようだ。

きっかけや話のフリでしかないことがほとんどで、
最終的には自分の話になっている。

うーん、結局私は、入ってくる情報を、
自分探しのために使っているのかもしれない。

コンテンツを咀嚼し、解釈し、言語化することで、
自分の本心を見つけようと模索しているのかも。

他の人はもっと考えているのか?それとも、考えてもいないのか?
それが分からないうちは、私はどこまでいっても、孤独なんだろうなぁ。

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