私は比較的、怒りを溜め込むタイプの人間だと思う。
理由はさまざまあるが、経験上、怒っても
「自分がすっきりする」ぐらいしか意味がないのが大きい。
今でいうアンガーマネジメント、感情のコントロールだ。
なぜ怒るのか、自分の心を覗いて原因を見つけ、解決に導く。
私は怒りの原因を、ひとことで言うと
「自己が思う価値観・思想・存在の否定」だと考えている。
短絡的なものでは「お前は4ね」とか、
SNSでよくあるコトでは「お前の好きなもの、みんな気持ち悪い」とか。
怒りはとても強い感情だ。
強力な衝動で、普段ならしないような行動を、容易くしてしまう。
最近でいえば、寿司ペロ。古くはバイトテロ。
SNSで、間違ったことが批判される理由の一端が、理解できただろうか。
・・・現代人は情報に飢えている。
私が睡眠時間を削ってまで書いた文章は、たったの数分で読み終わり、
感想も反応もないまま、次の情報に飛んでいく。
そのような方々は、得てして文章を斜め読みしがちだ。
SNSの普及で、140文字以上が”長い”とされるようになったのが、その証。
まぁ、判断が浅いのもあたりまえだ。
他人の正論に乗っかって、自分では責任を負わない方々なのだから。
・・・私は上の文で、わざと人を怒らせるような表現をした。
不快な思いをしたかもしれないが、それが怒りの力だ。
――昔から、なぜ自分に直接関わりのない “誰かの悪事” を
怒ったり、憤ったりするんだろう?と考えていた。
前に例を挙げた「バイトテロ」や「寿司ペロ」は、
裁かれるはずの人間が裁かれていない――“因果応報”の否定をされたこと。
有名人の不倫や不祥事は、
イメージの崩壊、騙されていたという感情――“信用”の否定をされたこと。
つまるところ、自分が信じる”何か”の否定。
ここまで言えば、なんとなく
「広く信じられている”何か”」を否定すれば、たくさんの人が怒りそう・・・
というところまで、ご理解いただけるだろうか。
本当なら、一切関わりがないはずなのに、
関係ない、遥か遠くの話のはずなのに。
“怒らされる”ことは、手を替え品を替え、将来も続くだろう。
メディアが続く限り、それで飯を食う人間がいる限り。
その時は、本当に自分が怒るべきことなのか、
それを自問自答して、判断するしかないのだろう。


