インターネット。
急速に変容し、有様を変えていく、電子世界。
場所も、立場も、ここでは全てが関係ない。
名無しの誰かとして、あるいは、空想のアバターをまとって。
普段の責任、責務、義務。
そこから逃げ出せる、もう一つの世界が、そこにはあった。
だが、あまりに便利すぎた。
現実の人間にとっても、そこは理想の世界だった。
現実が辛く、あるいは一時の癒しとして、
この世界を楽しんでいた者に、お構いなしだった。
インターネットをコンテンツ(好きなもの)とする層と、
ただのツール(道具)だと思っている層が、同時にいる。
そして結局、母数の多さに、
古きコンテンツは飲み込まれていった。
現実を写し撮るインスタグラム、その動画版であるTiktok。
だんだんと、現実にインターネットが侵食されていく。
Twitterもその例に漏れず、というか、その性質上、
現実とコンテンツの衝突が絶えず起き続けている。
もはや虫の息だ。イーロンが手を出すまでもなく、
青い鳥は死に体の状態だった。
そういう意味で、順当にいくと後継はYoutubeだろう。
あちらもTwitterに負けず劣らずの、インフラと化している。
ある種の雑多さ、その中で自分へのおすすめも光る。
検索はゴミだが、人気の動画をある程度知ることも可能。
またはニコニコか?検索やタグ関連は有能で、
ミームの発生源としてはTwitterに比肩する力を持つ。
オワコンと言われ続けても、なんだかんだで息が長い。
“インターネット”をコンテンツとして好きな人の行き先は、
ここになるかもしれないな。
活字好きは――noteか?
多分、Twitterの完全な代替はないだろう。
言ってしまえば、これら全てを(少しずつ)、
内包していたのがTwitterだ。文字も、画像も、動画も。
全て制限があり、つまみ食いのようなことができた。
その代わりは、おそらく今後もない。
Tiktok、YoutubeShortsが、辛うじて動画部分のみ、
代替できるといったところか。
そろそろ、物心ついた頃にはスマホがあった世代が、
世間に台頭してくるだろう。
文字、画像、動画。PCとスマホ。
コンテンツと現実。
この先、新たなSNSが来るとしたら、
それはどういったものになるのだろうか。


