決断を下せないことはある。
軽いものでは、食事で二つのうち片方を選ぶとか。
重いものでは、人生を左右しうる決断を行うとか。
敵にも味方にもなれないとか、肯定も否定もできない時。
私は、その矛盾を抱えたまま生きていけるほど、強くない。
結論を出したい。考えるしかない。
だが、考えれば考えるほど、何も選べなくなってしまう。
「考えないことは、他者を傷つける」
「考えることは、自分を傷つける」
時間稼ぎを行なっても、所詮は一人の頭の中。
自分で自分を傷つけて、勝手に傷ついていく。
結局、こういった問題に対する、効率的で頭の良い方法は、
「見なかったことにして、忘れる」のみなのだ。
ある種の逃げであり、時間稼ぎどころの騒ぎではない。
責任を放り投げ、苦しみを先延ばししているのと一緒だ。
選択しないという、選択をする。
無論これは、選ばないことが許される場面でしか使用不可だが。
とはいえ、選択をせざるを得ず、どちらを選んでも損である、
と知った状態なら、どうするべきか。
その場合の次善策は、「どちらでもある/ない」
という立場に立つことだろう。
自身に正直で、素直な立場を作るのなら、
心理的なハードルも、そこまで高くはないと思う。
まぁ、どちらにしろ、選択には責任が伴うもの。
私にとっては、こういった状況に置かれた時点で詰みだ。
もっと自分を強く持たないとな。
責任を取れる覚悟を持つか、選択の放棄に余裕を持つか。
――結局のところ、自分と自分以外は、鏡写しだ。
信頼しなければ、信頼もされない。
自己肯定感が低いと、他者を肯定する力も弱まっていく。
無茶してでも、人を肯定する癖をつけるしかないのだろう。


