23/10/20 色々考え中、という話

日記

1週間半近くお休みをいただき、自分の中である程度
日記が習慣になりつつあったことを自覚した。

罪悪感はない。別に休むと言って休んだわけだし、
そもそも私は小学生の頃から生粋のサボり魔だ。

ただ、アウトプットの手段が消えたことで
思考速度が明らかに淀んだのを自覚したのだ。

やっぱり何かしらの形で、日記は投稿していきたい。
だが、今までのやり方では少し負荷が高いのも事実。

少し検討していたのは、noteなどで月100円ほどの
メンバーシップを作り、そこに投稿するというもの。

対価をもらう以上、”やらなきゃいけない理由”があり、
それは(ストレスレベルはともかく)試す価値はありそう。

ただ、日記という”蓄積型”のコンテンツを、
外部のサービスに依存する形で投稿するのは問題かも?

と、なんとなく思ってしまった。Twitter(X)もそうだが、
サービスというのは永遠じゃない。いつか消えるものだ。

このブログはある程度のリスクこそあれど、
私の管理できる範囲が、間違いなくnoteやXのそれより広い。

将来自分が「この時はこう考えてたな」と見返せる、
長期のコンテンツにしようとも考えていたし。

そう考えると、しばらくはこの形を続けることになりそう。
ただ、抜本的な改善は必要だろうけど。

基本毎日更新のコンテンツは、些細なことでも自動化し、
自分のエネルギーを「文章作成・校閲」だけに注ぎたい。

今はTwitterへの共有だのタグ付けだの、正直面倒と言える
細々作業が付随していて、それがストレスなのだ。

前回の日記のように、文体を変えるチャレンジとか、
ああいうのってやってみると、かなり面倒くさい。

それ以外の部分でも体力を消耗すると、日記に使う
エネルギーの量が半端なくなってしまうのだ。

最近、ダヴィンチ恐山氏の日記を購読し読んでいるが、
あの箇条書き風文体は、書く側としても相当楽そう。

他にも、シナリオライターの緒乃ワサビ氏、
NeedyGirlOverdoseのにゃるら氏のエッセイなど、

作り手の生の思考は、私にとってかなりの栄養源だ。
やはり、彼らの影響をかなり受けている。

とはいえ、文体などはまんまパクるのもアレだ。
私なりにあった、書きやすいものを模索するしかない。

今日はここまで。

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