23/10/27 五人揃って俯くんジャー

日記

今日の昼は時間が空いていたので、同級生と一緒に
学校近くのラーメン屋へ向かうことになった。

せっかくの機会だし、何か話そうかなぁとも思ったが、
みんな着席して、すぐにスマホを取り出し俯いてしまった。

仕方がないので私もスマホを弄っているが、
なんだか居心地の悪さを感じる。いや、違和感というべきか。

これを「若者はSNS中毒なのだ」とか一括りには判断できない。
私が感じた違和感の正体は、その言葉で掬いきれない。

まず、私の淡い(そして内側にある)欲望が達せられなかったこと。
普段できないプライベートな話をしたかった、のが原因の一つ。

私が会話を試みるとき、第一に挙げられるのが学びだ。
他人が生きてきた上で得た知識や学び、それを端的に知れる。

エッセイを読む楽しさに近い、といえばわかりやすいか。
現に私は、ソシャゲについての会話をすることに快感を感じない。

する場合は、あくまで人間関係を円滑にするための手段としてだ。
とはいえ、いつか知恵を学ぶことにも飽きるかもしれない。

生き方の知恵や工夫の学びは、コンテンツ量が多いだけで、
将来的には、攻略やキャラ語りに価値を見出すかもしれないし。

第二の原因に、いわば自尊心や承認欲求の話になるが、
自身ら含めた人たちの存在より、ネットの情報を選択したこと。

Mr.自己顕示欲である私には、そこがかなりの敗北感だったのかも。
目の前の人間の人生が、そこまで気にならないものなのか、と。

こういうとき、”私”という存在と”他者”の大きな溝を感じるのだ。
ある種の存在論的な話にはなってしまうが。

まぁその程度でへこたれるメンタルではなくなっていたし、
そこに関しては成長しているな、と自分を褒めたい。

――――――

年長者が持つ、妙にヒール的な側面について考えている。
私が今まで出会った人の中で、該当者が複数名存在するのだ。

彼らは大抵、言動や行動の古さを笑われたり、陰口を叩かれている。
そして基本的に、彼らは陰口そのものには言い返しをしない。

ヒールはそもプロレスの悪役であり、つまるところロールプレイだ。
観客はそれに乗っかって楽しむ、演劇に近いスタイルを求められる。

現代ではVtuberが最も近い類のエンタメかもしれない。
暗黙の不文律ありきで成立している、薄氷のようなもの。

あるいはTRPGとかか。どちらにしろ偶像やヒールには、
幻想を見せる役目、秘密を開示しない義務があると言えるだろう。

そんな”嫌われ役”に徹しているかのような行動。少し考えた結果、
これはいくつかの偶然が重なると起きる事かも、と思い至った。

① 自己を現役だと認識している。
② 価値観・言動が現代的に更新されて”いない”。
③ 陰口に対し、言い返す気力がないor諦めている。

1については、実力が伴ってさえいれば特段問題はない。
だがこれは、2・3と組み合わさることで本領を発揮する。

2は言ってしまえば “古さ” だ。現役(自己認識)ゆえの自信があり、
プライドがある。これが嫌われる原因の一つだろう。

3は加齢による”老い”だ。人生を長く生きていれば、
大抵のことに感情が動かなくなっていく。妙に打たれ強い部分だ。

これらが重なると、古い価値観ゆえに陰口を叩かれ、
けれど老いによってそこへの反発はほぼしない、ヒールが誕生する。

嫌われているのは知った上で、疲れるから反発していないのがミソだ。
あるいは、そんなことより別のことに時間を割きたいとか。

まぁこれも、外から見た印象をもとにした推論でしかない。
だが、そういう「嫌われ役」を、何も考えず嫌い続けるよりは、

自分の常識を考え直すきっかけ、思考の糧にした方が得だ。
これを読んでいるあなたにも、何かのきっかけになるといいけれど。

今日はこのあたりで。

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