ここ1週間近く、私はたった一つのゲームについて考え続けている。
アダルト作品なので名前は出せないが、大好きな創作物の一つだ。
昨日の日記でも触れたが、情報溢れる現代社会において、
あらゆるコンテンツは「コスパ・タイパ重視」に変化しつつある。
より正確には「共通の話題作り」と言えるだろう。
友人との、あるいはネットのトレンドに乗るために、
話題のアニメや映画を見て、感想や考察を語り、
なるほど〜と納得したりしなかったりする。そんな感じだ。
10年近く前までは、それがテレビの役割だったのだろう。
映画、ドラマ、番組など、当時からエンタメは話題として最適解だ。
ただ、ここ最近は「比重が創作物――空想の世界に寄ってない?」
と疑問に感じる部分も増えてきてしまった。
消費のされかたが、変わってしまったという実感というか……
世代が上なら「テレビ番組」にも、同じことを感じているかも。
ネットの発展による、対人関係の常時化は影響が大きい。
SNSの通知が来れば「友人ペルソナ」を被らなければいけない怖さ。
世の流行を知らなければ、身内の話題にもついていけない。
その必要性が、24時間365日ついてまわる恐ろしさ。
学生たちが「時間がない」と叫ぶ理由がわかってくる。
彼ら彼女らにとって、SNSは「最初から世界にあったもの」だ。
――これらの問題は、最終的に一点に集約されるだろう。
「自己認識の不在、プライベート時間の不在」だ。
最初から難なく、コミュニケーションのために時間を費やせる
大多数の人間には理解し難いかもしれないが、
ある種の人間にとって「社会に接続する時間」は、苦痛を伴う。
それが(錯覚だとしても) 永遠に続く、という恐怖は計り知れない。
だからこそ。究極に閉じた、絶対に他者都合ではない、
「自分が好きだからやっている」ことは、大事にすべきだ。
まぁ、そういうものこそ感情を共有したくなるものだが。
世の中、同じ感性の人間が常に近くにいるとは限らないのでね。
今日はこの辺りで。

