MacでATOKを使用する際、なぜか時々カタカナ入力モードになる、
という動作に1週間近く悩まされていたが、ついに原因を発見した。
“Shift+かなキー” の同時押しが、カタカナ入力モードの
ショートカットコマンドになっていたのだ。気付かなかった……。
ただ、これがATOKで唯一にして一番困っていたことだったので、
もう何も怖くない〜♪ タイピングがめっちゃできる〜!!
閑話休題、以下本題。(なんかラップみたい)
私の感情は、日々ジェットコースターのように乱高下しているが、
法則性がないわけではない。ある程度のジンクスが存在する。
その一つが「サボり」……もっと言えば「罪悪感」だ。
自己正当化と、被害妄想が渦巻く、ネガティブゾーン。
私は瞬間的快楽に弱い。後のために我慢する、今のうち努力する、
という行為に、ある種の体力を消耗する人間なのだ。
コミュニケーションのために、一般人のフリをする(せざる得ない)時はある。
それが失敗に終わるときも、当たり前だがもちろんある。
そんなとき、罪悪感と同時に「あらかじめ分かっていたことだろう?」
と、自分の中の「正当化・被害妄想エンジン」が起動してしまうのだ。
外的行動としては、噓やごまかし、ハッタリが発動する。
その本質は、子供の時から何ら変わっていない。
大人になって変わったことは、あとからどうにかする事後処理の力や、
取りつくろう力、つじつま合わせの力を持っただけだったりする。
人のせいにはしない。いや、できない。そんな強さはない。
「他責という行為」すら、私には精神的重労働に思える。
なぜかというと、私の人生は、ひいては世界は私そのもので、
その行動の責任は、親を含め誰のものでもなく、私に由来するからだ。
私は、とにかくエゴイストで、自己中心的だ。
なのに、その核たる自信を喪失すると、心を悪魔に飲まれてしまう。
かといって、メタ視点で救われようとすると、熱量の枯渇を起こす。
「夢中になったところで、没頭したところで、人生は無意味だよ」と。
つまるところ、自分の中での落とし所がついていないのだ。
自分を極悪だと開き直ることも (打たれ弱さから) できずにいて、
自分を正義だと主張することも (罪悪感から) できずにいる。
なんとなく、いじめの構図に似ているとも言えるだろう。
自らも省みる部分があるため、声高に被害者面ができない点とか。
私はいじめを、少なくとも意識的に行うことはない。
被害者という立場そのものに、共感・憐憫を抱いてしまうからだ。
目下、私の「いじめ本能」は、自分自身の罪悪感探しに躍起だ。
やるとしても、恐らく無意識的なものにならざるを得ないだろう。
無意識的な、差別や偏見によるいじめやハラスメントは……
無意識だからこそ、そう簡単にはなくならないだろう。私も含めて。
ある種、○○ハラという名前付けは、そういう無意識的差別を、
意識するための努力、なのかもしれない、と思った。
今日はここまで。

