「知識」。知識とは、なんだろうか。
普段からよく使う単語だが、その言葉の意味を考えたことはない。
私が思うに、知識とはすなわち「世界の在り方を理解すること」だ。
善し悪し、良し悪しの区別なく「ただそうである」という事実の認識。
実際問題、結果的に「そう」あるのだから、それが正しい。
たとえ、自らの意思や直感、常識と反していてもだ。
世界は真実で満ちている。真実でしか満たされていない、と言うべきか。
異なる水準で成り立つ正しさ。各地各人それぞれが持つ正義。
それらは基本的に相容れない。同一の場所にあると矛盾を招くからだ。
矛盾した正義は、思考や議論、力によって(表向き) 一つに統合される。
……私がよく「世間」と言うものの正体は、つまるところ”これ”だ。
人同士のあらぬ衝突を招かぬよう、定められたガイドライン。
世の中は、そう単純じゃない。
世界を知れば知るほど、頭の中には矛盾が溜まってゆく。
ヒトには限界がある。矛盾の許容量すら、人それぞれだ。
矛盾を嫌うなら、なるべく知識を入れずに生きるのもアリだろう。
——私は、矛盾を愛している。同列にある正しさを認識し、
自分の価値観とすりあわせ、それを自らの答えとして消化できたとき。
その瞬間の、世界が晴れていくような感覚が、私は好きだから。
いわば矛盾とは、世界が個人へ出す質問……クエスチョンなのだ。
提示される正義は2つ、3つほどかもしれない。どれかを選んでもいいし、
その全てを選ばずに、自分なりの答えを出してもいい。
私の胃には、まだまだ消化し切れていない矛盾がたくさんある。
世界にだって、まだ食べていない矛盾がいっぱいある。
私は、それが楽しみだ。
今日はここまで。

