現代の空気感では——特に発信者側が心情を吐露したりすることを、
お気持ち表明といって揶揄されていることが多い。
なんというか、思い悩むことは確かにあるし人の勝手なのだけれど、
それを表に出すことが禁忌とされ、出さないことが善とされているというか。
まあ、知らない人の感情なんてあんまり見ても楽しくないのも頷ける。
たいてい吹き出すときは「負の感情」だし。気分が悪くなるのも分かるのだ。
とはいえ表に出る前に、そういった感情は論理に置き換えられることも多い。
(ああ、これ間違いなく怒ってるな) という意思が文面から伝わるようなアレだ。
私は結構クリエイターなどの自分語りを好んで見るタイプなのだが、
そういった方々と見る気分になれない方々とで、明確な違いはあるのだろうか。
……恐らくだが、尊敬・リスペクトの差なのだろう。もっというなら、
「その人」に価値を感じているかどうかが如実にあらわれているのだろう。
現代特有とまではいわないが「推し文化」や「評価のための相対化」など、
無自覚に人に価値をつけ、それを比較したりすることと深く繫がっていそうだ。
限定的な場所でないと、本音を話さないことがスタンダードになっているのか?
案外、一周回って現実世界でないと本心なんて話さないのだろうか?
疑問や興味は尽きないが、個人的には「本心はこじらせてナンボ」だと思う。
表に出すか出さないかはお好みで、うまいこと調整するしかなさそうだけど。
今日はここまで。

