23/08/15 嫌いの反対は――

日記

たびたび、好きの反対は嫌いではなく、
無関心なのだ、という言葉を思い出す。

これ自体は、近年のSNS隆盛で浮かび上がった
アンチ(反転アンチ)という人達を見ていると、

ある程度の説得力を感じてしまう。
「ファンよりよっぽど詳しいな」と思うし。

好きとは、見返りを求める愛のこと。
「自己都合の愛」とも言い換えられる。

高嶺の花、アイドル、ネタ芸人、ドラマ……
好きになるものには、それ相応の見返りがある。

楽しい、嬉しい、暇つぶしになる、
面白い、学びになる、不満が晴れる……

「好きが続くのは、さらに見返りが欲しいから」
であることは、認めざるを得ないと思う。

いや待て、私たちは、見返りがなくても
好きでいられる状態を知っているぞ、と

ツッコみたくなる気持ちはわかる。
だが、それはまた違うお話なのだ。

「他者都合の愛」……博愛とか、家族愛とか、
そういうものは、もっと別のベクトルだ。

話を戻すと、自己都合の愛、「好き」の状態で
見返りを与えられず(あるいは期待を裏切られ)、

という状態が続けば、見事に反転し、
好きが嫌いへ変わっていくのだろう。

実際には、好きというのは一方的な感情で、
勝手に期待して勝手に失望してるだけだったり。

自分の欲しかった見返りがもらえなくなって、
欲しい気持ちが暴走し、傷つけてしまったり。

嫌いという感情もまた、関心ありきだ。
実は、嫌いの反対もまた、無関心なのかもね。

今日は、こんなあたりで。

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