たびたび、好きの反対は嫌いではなく、
無関心なのだ、という言葉を思い出す。
これ自体は、近年のSNS隆盛で浮かび上がった
アンチ(反転アンチ)という人達を見ていると、
ある程度の説得力を感じてしまう。
「ファンよりよっぽど詳しいな」と思うし。
好きとは、見返りを求める愛のこと。
「自己都合の愛」とも言い換えられる。
高嶺の花、アイドル、ネタ芸人、ドラマ……
好きになるものには、それ相応の見返りがある。
楽しい、嬉しい、暇つぶしになる、
面白い、学びになる、不満が晴れる……
「好きが続くのは、さらに見返りが欲しいから」
であることは、認めざるを得ないと思う。
いや待て、私たちは、見返りがなくても
好きでいられる状態を知っているぞ、と
ツッコみたくなる気持ちはわかる。
だが、それはまた違うお話なのだ。
「他者都合の愛」……博愛とか、家族愛とか、
そういうものは、もっと別のベクトルだ。
話を戻すと、自己都合の愛、「好き」の状態で
見返りを与えられず(あるいは期待を裏切られ)、
という状態が続けば、見事に反転し、
好きが嫌いへ変わっていくのだろう。
実際には、好きというのは一方的な感情で、
勝手に期待して勝手に失望してるだけだったり。
自分の欲しかった見返りがもらえなくなって、
欲しい気持ちが暴走し、傷つけてしまったり。
嫌いという感情もまた、関心ありきだ。
実は、嫌いの反対もまた、無関心なのかもね。
今日は、こんなあたりで。

