昨日、完璧に体調不良を起こした。
日記はおろか、学業に行く体力すら消えてしまった。
メンタルも体調に引きづられ、悪化したらしい。
“らしい”と他人行儀なのは、メンタルは相対的でしかないからだ。
――いや、メンタルに体調が引きづられたのかもしれない。
ここ数日の日記は、やや病み気味なのが見て取れる。
過去の日記――1週間前ほどのものを見ても、ピンとこない。
身の丈に合わない目標を掲げているな、としか思えない。
病みのきっかけはなんだっただろうか。
ブラウザの履歴を遡るも、これといった決定打は見当たらない。
(勝手に病んでろよ)
まいったな。
ここ数ヶ月、前を向けていると思っていた。
生活が変わったことで、自分も変われたと勘違いしてしまった。
だが、思い返すとこの2ヶ月、落ちる恐怖と常に戦っていた感覚がある。
少しでも気を緩めば、ドミノのように倒れるかもしれない日常。
勝手に生み出した理想の自分、それとのギャップ。
・・・だめだ、あらゆる事柄がマイナスに思えてしまう。
(誰もお前を見てないよ)
以前、Twitterでトレンドを見ると、それについてのクソリプとか
“ご意見”ツイートが予想できる、みたいなことを話した覚えがある。
(何様のつもりなんだ)
今の私はそれが暴走している状態だ。
あらゆる事柄に、自分の中の「ネガティブ解釈の悪魔」が噛み付いている。
(カッコつけているだけだろ)
インターネットに長く触れすぎた弊害。
匿名の悪意を、思春期に浴びた結果の末路。
(ネットのせいにするな、お前の性格が悪いだけだ)
自分を客観視する”じぶん”がいて、そいつにダメ出しをされる。
プライドとか、悪意とか、そういうネガが生んだモンスター。
(お前だって、知らず知らずのうちに人を傷つけてるだろう?)
恐怖とはまた違う。これは精神の伝染病だ。
“誰かを傷つけるもの”に敏感になってしまう、取り返しのつかないもの。
(普通の人間は、そんなこと気にしてないんだよ)
生きているだけで人は他人に迷惑をかける。
なのに、そこに無関心だったり、無頓着な人間があまりに多い。
(被害者面はやめろ)
自分は考えて行動しているのに、傷つけまいと努力しているのに、
なんでそんな簡単に、ひどいことを言えるの?
(みんな、自分は見られてないって分かってるんだよ)
違う。私はあなたを見てるし、私は私を見てる。
自分自身も、周りのことも見てる。
結局はそこに集約される。
自己を俯瞰しているか、そうでないか。
他人の目線が気になる人間は、自分が他人を見ているからだ。
他人に厳しい視線を送れば、いつかブーメランのように、自分を傷つける。
それを痛感した一日だった。


