23/06/22 自分を見る自分がいる

日記
日記

昨日、完璧に体調不良を起こした。
日記はおろか、学業に行く体力すら消えてしまった。

メンタルも体調に引きづられ、悪化したらしい。
“らしい”と他人行儀なのは、メンタルは相対的でしかないからだ。

――いや、メンタルに体調が引きづられたのかもしれない。
ここ数日の日記は、やや病み気味なのが見て取れる。

過去の日記――1週間前ほどのものを見ても、ピンとこない。
身の丈に合わない目標を掲げているな、としか思えない。

病みのきっかけはなんだっただろうか。
ブラウザの履歴を遡るも、これといった決定打は見当たらない。

(勝手に病んでろよ)

まいったな。

ここ数ヶ月、前を向けていると思っていた。
生活が変わったことで、自分も変われたと勘違いしてしまった。

だが、思い返すとこの2ヶ月、落ちる恐怖と常に戦っていた感覚がある。
少しでも気を緩めば、ドミノのように倒れるかもしれない日常。

勝手に生み出した理想の自分、それとのギャップ。
・・・だめだ、あらゆる事柄がマイナスに思えてしまう。

(誰もお前を見てないよ)

以前、Twitterでトレンドを見ると、それについてのクソリプとか
“ご意見”ツイートが予想できる
、みたいなことを話した覚えがある。

(何様のつもりなんだ)

今の私はそれが暴走している状態だ。
あらゆる事柄に、自分の中の「ネガティブ解釈の悪魔」が噛み付いている。

(カッコつけているだけだろ)

インターネットに長く触れすぎた弊害。
匿名の悪意を、思春期に浴びた結果の末路。

(ネットのせいにするな、お前の性格が悪いだけだ)

自分を客観視する”じぶん”がいて、そいつにダメ出しをされる。
プライドとか、悪意とか、そういうネガが生んだモンスター。

(お前だって、知らず知らずのうちに人を傷つけてるだろう?)

恐怖とはまた違う。これは精神の伝染病だ。
“誰かを傷つけるもの”に敏感になってしまう、取り返しのつかないもの。

(普通の人間は、そんなこと気にしてないんだよ)

生きているだけで人は他人に迷惑をかける。
なのに、そこに無関心だったり、無頓着な人間があまりに多い。

(被害者面はやめろ)

自分は考えて行動しているのに、傷つけまいと努力しているのに、
なんでそんな簡単に、ひどいことを言えるの?

(みんな、自分は見られてないって分かってるんだよ)

違う。私はあなたを見てるし、私は私を見てる。
自分自身も、周りのことも見てる。

結局はそこに集約される。
自己を俯瞰しているか、そうでないか。

他人の目線が気になる人間は、自分が他人を見ているからだ。

他人に厳しい視線を送れば、いつかブーメランのように、自分を傷つける。
それを痛感した一日だった。

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