義務。それは、やらなきゃいけないこと。
可能。それは、やれること。
欲求。それは、やりたいこと。
一般に、仕事や趣味などで話題に出される、
「やれる」と「やりたい」の違い。
『やりたいことがやれるのなら、それ以上の幸福はない』
そういう考えを、度々見聞きしてきた。
だが、最近私は疑問に思う。
私はそこに「やらなきゃいけない」の存在を足すべきと考えた。
だって、人生について回るのは、
明らかに「義務」の方が多いのだから。
法律だって「やってはいけない義務」だ。
金や生活の事情で、やむを得ず行うナニカも義務と言えるだろう。
食事も、睡眠も、薬をもらうとか、お金のために仕事するとか。
「やらなければいけないこと」に忙殺されるたび、いつも思う。
「あぁ、義務がやりたいことになれば、幸せなのかなぁ」と。
でも、幸せとか欲求は、あっという間に移っていく。
流動性だ。一瞬だけの話だ。
つい数分前まで、私は日記を書こうとしていたのに、
上の文まで書いて寝てしまったり。(なので投稿が夕方になってしまった)
そんなもんだ。だから、”やりたい” を軸にするのは不安定すぎる。
義務は義務らしく、それなりに努力するぐらいで、ちょうどいいのだ。


