23/07/06 伝えるチカラと受け取るチカラ

日記
日記

アンテナ感度が高まりつつある。

これだけ書くと、なんだかテレビが故障したようにも見えるが、
私が言いたいのは「物語の情報量」である。

映画、小説、アニメ・・・なんでもいいが、
世のコンテンツは、とにかく情報量が多い。

映画やドラマであれば、ある種の逸脱・・・
“作品としてではないナニカ”が紛れることもある。

俳優の表情、動作、言動、アドリブなど・・・
いわば「無駄な情報」だ。

私たちは、それらを見るとき、
「物語に関係があるか」を無意識に選別している。

俳優は、そういった「無駄な情報」を、
「キャラクターを理解させるための補足情報」にするプロだ。

優しい性格なら、表情は崩す。
怒っているなら、普段より動作を大雑把に。

自分ではない誰かを、演じきる。
これがうまくハマると、逸脱は大量の補足情報に生まれ変わる。

一方、アニメやゲーム、小説は、
作品に含まれる情報ほとんどが、意図した必要情報だ。

作り手の、これを理解してほしい、
これを知っておいてほしい、という誘導ありき、とも言える。

故に逸脱は生まれない。
強いて言えば、アニメは声優の力が強い分、やや起き得るか?

もちろん、これは優先順位の話とは別だ。
コンテンツには、受け取って欲しい情報に優劣が存在する。

「これを逃したら、あらすじすら把握できない」ものもあれば、
「これは知っていれば、ある場面で役にたつ」程度のものもある。

一般に、前者はくどいほど何度も何度も繰り返し説明される。
キャラの人格、ストーリーの主要ギミックなどがそれだ。

後者はサラッと、それこそ日常会話の中で現れることも多い。
しっかり物語と向き合ったとき、辛うじて発見できる類のものもある。

だが、最近はコンテンツにコスパが求められる時代だ。
ソシャゲが流行したように、”情報量”にも流行りがある。

情報の取捨選択が、困難となった現代。

自分の受け取る情報量を、微調整するぐらいなら、
自分の好きな情報量のコンテンツを探した方が楽だ。飽和してるし。

それはそれで、現代を生きるすべとして、一つの正解だが、
個人的には、自分のアンテナを調整することを、諦めないでほしい。

過去の名作や、すでに見た作品を再度見る理由の一つがこれ。
取りこぼした情報の再発見、アンテナの調整だ。

伝えるチカラのプロたちが、全力で投げつけた情報を、
私たちは、ときに全力で受け取りに行ってもいいのかもしれない――。

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