今日はほぼ徹夜の状態で朝を迎えた。
理由はシンプルで、実家に帰省するためだ。
こういう時、昼夜逆転はツラい思いをする。
とはいえ、着いてしまえばあとは寝れるし。
物事の悪い面やデメリットばかり見るのは、
私の悪い癖だ。自覚して治そうとはしているが、
なかなか一長一短で変えられるモノではない。
これ自体も、捉えようによっては、
「リスクを正しく理解し判断する」という
能力と捉えることもできる。
他人から、私は性悪説のように見える、と
指摘されたことがあり、少し考えていた。
現代日本では、性善説と性悪説の解釈が
原義より若干捻じ曲がってるが、そこはそれ。
やっぱり、ネガティブに生きるよりは、
ポジティブに生きる方が楽なのは間違いない。
内なる罵声に負けずに、いい面を見出せるよう
努力していくしかないのだ。
ちなみに、性悪説の原義的な意味は、
「人間の本質は悪であり、教育で善となる」
というもので、その実、教育の重要さを
説いたようなお話なのだ。性善説も同じく。
こう書き出してみると、なかなかどうして
私の思考は、原義の性悪説にぴったりだ。
「俺もだらしないし、人間そんなもんだよな」
「みんなよく我慢できるなぁ」
こう書くと私が、人間を見放しているように
感じるかもしれないが、別にそんなことはない。
よく言うでしょ?「好きの反対は無関心」って。
嫌いなのは、関心があるからだし。
これからの将来、いつか関心を失うかも、
という懸念はあるが、そのときはそのとき。
それまでは、自分や人間のことを考え続けて、
思考を言語化していくしかないのだろう。
今日は、ここまでで。

