24/02/18 おもちゃのチャチャチャ

日記

最近よく「クリエイター自体のコンテンツ化」について考えている。
エンタメ業を志す人間として、いずれ答えは出さなければいけないので。

すごく露悪的な言い方をすれば、たいていの人にとってコンテンツはおもちゃ、
「人生のながい”暇”を楽しさで埋めるための時間つぶし」だ。

情報媒体においても本質は変わらない。一度ユーザーに公開されたものは、
作り手の意思や権利とは関係なく、好きに扱われ解釈され消費される運命にある。

その流れで見ると、人間のコンテンツ化というものに別の視点が生まれる。
「それは自らの人生を他人に譲り渡すのと同じではないのか?」という疑問だ。

実際ネットの歴史を見てみると、本人の意思とは関係なく「アイドル」扱い、
自らの主張の代弁、嫌いな人物への相対化に使われることが日常茶飯事だ。

人間という同種の存在、平等な権利を持つはずの相手にそんなことをしていいのか。
一方で、こういった反論・解釈をすることもできるだろう。

「人生(時間といってもいい)の切り売りは、どんな仕事でも行われているものだ」
仕事にも「時間をお金に変換する作業」的な性質があるという指摘だ。一理ある。

また近年は虚構のフィルターを通すことで、現実と空想のいいとこ取りをする、
「半人間的インフルエンサー」なども力を増している。

偶像はブランドパワーの具現とも言えるし、経済的にもよい影響だってある。
そう割り切れるのなら困ることはないだろうけれど。

今日はここまで。

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