24/03/10 聞きたくはない『I am a I』

日記

“個人”がブランド化しつつある現代では「何を言ったか」より
「誰が言ったか」も重要視されることが多い。文字通り箔を付けているわけだ。

最近はやはり、自分語りなんて聞きたくないって人がほとんどなのだろう。
こんな日記書いててどの口が言うとるか、とツッコまれそうだが。

私が普段あーだこーだ理屈をこねて思考を言語化したところで、
実際にたくさん読まれているのは「感情」が爆発している投稿だったりする。

コンテンツというのは、公開した以上ユーザーのものとなる(なってしまう)。
反応も解釈もすべてを委ねなきゃいけないので、私からはノーコメント。

ひとつ言うとするなら、自分の思ったとおりの受け取り方なんて基本されない。
勘違いや誤読、妙な遊ばれ方なんて日常茶飯事だ。

その経験がいまのうちにできたことはある種うれしいが、やっぱり辛いものはある。
仕方がないとはいえ、この感情もまた否定はできない。

結局のところ、わずかに伝わる人に向けて作品というのは作るしかないのだ。
それが例え仮想に過ぎなくとも。過去の自分……とかね。

今日はここまで。

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