堅苦しいのは抜きにして、1周年おめでとう!!
おめでとう!! ありがとう!!
こういう改まった挨拶、普段あんまりしないからサ……。
さて、この1年間、私にはいろいろな経験をして、さまざまな変化をした。
文体や考え方など、個人的にはかなり成長できたような気がしている。
そこで今回は、日記を1ヶ月ずつに分けて、裏話を交えて振り返りつつ、
思考や文章のクセが、どんな風に変化していったのかを見ていこうと思う。
『なぜ、アイケーはここまで文章にこだわるのか』
という点に注目してみると、なにかが分かるかもしれないね。
最後にはちょっとした告知もあるので、ぜひお楽しみに!
PS. 昨日、3000文字書けるかな? という話をしたと思うが、
なんか筆が乗ってしまい、7000文字以上書いちゃいました。加減しろ。
2023年 05月
記念すべき最初の月。
こうあらためて客観的に観ると、文体もまるで違う。別人のようだ。
初期は「Twitterでは書けないことをぶちまける」的なコンセプトで、
毒っ気のある考えばかりを執筆していたような気がする。
この時点では自覚こそしていないものの、自分がもつ思想や意見が、
無数にある他人の意見に押しつぶされることを、無意識のうちに反発していた。
ちなみに、日記をはじめたきっかけ……というか理由は、
文章力の向上と、自己の解析。あとサーバー代がもったいないから。
他人に観てもらう、ということはもとから二の次で、
とにかく自分が書きたいから書く、というスタンスをとっていた。
しかしまあ、こんな場末のブログを見に来る人間はそう多くない。
もともと「自分のため」にはじめたモノなので、すぐには萎えなかったが、
数日書くごとにポツポツと、休みが目立ちはじめていた。
6月
日記のフォーマットが定まったらしく、文体が今のものにかなり似てきた。
5月は型を試行錯誤していて、いろいろ迷いがあったのがよく分かる。
……というか、なんなら辞めようとしていた。
三日坊主ほどではないにせよ、5月の下旬ごろはネタ切れで諦めかけていた。
まあその後は「だいたい1ヶ月記念日記」で書いたとおりで、
友人のちょっとした反応で持ち直し、ネタ切れでも書けるようになった。
これがなかったら、間違いなくこのブログは終わっていた。
あの反応がなかったら、絶対にこの日記は1年も続かなかった。
本当に、リアクション——感想を伝えるというのは大事だ。
気持ちや思いは、言わなければ伝わるわけがないのだ。
言っても伝わらないことだってザラなのだから、言わなければなおさらで。
なにかあったときに「好きだったのに」「悲しい」というのは遅すぎる。
……とはいえ、現代では反応も、行動のひとつに数えられる。
行動には、かならず責任が伴う。ゆえにほとんどの人は口をつぐむ。
SNSでは文脈なんて考慮されない。単体でどう思われるかがすべてだ。
なにかあったときに「お前のせいだ」「クソ野郎」とは言われたくない。
結果的に、あたまのいい人、やさしい人ほど静かになってしまう。
誰かが傷つくかもしれないなら、最初から言わなければいい。
……私としては「好き」を語ることに理由なんていらないと思うけれど。
好きなモノで性格や感性を図ろうなんて人間がいたら、そっちのほうがクソ野郎だ。
みんな胸を張って、自信をもって、好き語りをしてください。
……私は”それ”を観るのが好きだから。
7月
いよいよ2ヶ月目、スマホで読みやすい文体を試してみたりなど、
「見る人のこと」を意識しはじめた時期でもある。
とはいえ、これは書くうえで考えねばならないことが多く、
サムネ選択やXへの投稿と併せて、相当な負担になっていた。
日記……つまり基本的に毎日行わなければいけないタスクゆえ、
ちょっとした増加でも、ちりは積もれば山となってしまう。
そして、いちばん印象に残っているのはコロナにかかったこと。
それ以外は正直あんまり思い出せないぐらい、強烈な体験だった。
感染ルート自体は不可抗力のものなので、別になんとも思わないが、
自分がおそらく友人にうつしてしまった……というのが本当に情けない。
潜伏期間だったとはいえ、PCショップやゲーセン巡り、
ラウワンで夜更かし、ボーリングを満喫……と、完全にはしゃぎすぎた。
まぁ、めったに集まらないネッ友とのオフ会だったし、
そうじゃなくても、私にとっては珍しい遊び目的の外出だったし。
今考えても辞める選択肢はなかったなあ、と思い返しつつ、
のど飴とハチミツを1週間手放せなかった苦しみは、忘れないようにしたい。
8月
ふたたびの迷走。サムネ画像をつけなくなったりと、
自分にとって負担のかからない方式をいろいろ試していたようだ。
それが功を奏したかは不明だが、この月は日記を開始してはじめて、
1ヶ月間休みなしで投稿を続けられた。カレンダーが綺麗に埋まっている。
だが、それ以外のタスクは、コロナにかかったことで急停止。
そのあと結局ずるずると、お盆近くまで休み続けてしまった覚えがある。
私の悪いクセで、同じレベルの「やらなきゃいけないもの」が複数あると、
どれをやるべきだろうか……と悩みだし、時間を浪費してしまうのだ。
まあ、ここで悩んでいた時間は、あとあと自分のためになったものも多い。
シナリオの作り方、面白さについて、徹底的に向き合ったおかげだ。
余談だが「マスカミューズ」の計画が持ち上がったのはこの頃。
祭りに参加するため地元に帰省したおり、覚悟を決めたのでした。
9月
そのための準備として、9月は地元へ何度もとんぼ返りするハメに。
土日のたびに東京と往復する、ハードスケジュール。
裏ではタスクをこなし、日記も休まず投稿し、書いて書いて書きまくる——
……我ながら、この時期はすごくがんばっていたと思う。
中旬ごろに、スマホ対応の書き方については限界が来てやめたけれど。
文章の自由度が上がったことで、心なしか日記の文字数も多くなっているし。
シナリオのみならず、エンタメ全般のノウハウを学びだしたのもこの頃だ。
宣伝やゲームシステム、そういったUXの存在意義と理念。
自分が創るもの、創りたいものへの道筋が、徐々に見えてきた時期。
世界にあふれるコンテンツへの解像度が、徐々に上がってきた時期。
ダニング・クルーガーでいうところの「馬鹿の山」である。
ラピュタのムスカみたいに「わかる……わかるぞ……!」と調子に乗っていた。
10月
日記的には、中旬をまるまるサボってしまった月だ。
きっかけは悲しいニュースを観たことだが、サボった理由は別にある。
9月に「エンタメ全般の解析」をはじめた、と語っていたが、
これの影響で、ほとんどの作品を真っ正面から楽しめなくなってしまったのだ。
あらゆるエンタメは、あの手この手で作品への没頭を促してくる。
だが、没頭してしまっては作品の解析などできっこないので、抗うしかない。
没頭しない(入れ込まない)状態では、作品がつまらなく見えてしまう。
エンターテイメントなのに、脳は疲れるし楽しくない……ほらね?
自分なりのやり方、対処方法を見つけて落ち着くまではキツかったものだ。
いまは楽しみつつ解析する方式を編み出したので、ご心配なく。
そして、VTuberバトルロワイアル4。いろいろとありがたい限り。
この企画に携わってから、私の人生は大きく変わりだした。
エンタメの道を本気で志すきっかけ、踏み出す勇気になってくれた。
この場を借りて、関係者と視聴者の方々に感謝を申し上げたい。
11月
このとき買ったPS5、いまだにほとんど使えていません。おい。
どうやらPCから接続して遊べるらしいので、仕事が落ち着いたら試してみたい。
このころ、Macのライブ変換がたびたび停止する「入力詰まり」に悩まされ、
GoogleIMEなどの変換を試していた。結局、1月ごろまで悪戦苦闘するけれど。
中旬に3日ほど休んでいたのは、5年以上待ち続けていた大好きなゲームが、
体験版をリリースした(してしまった)からだ。私は好奇心に弱すぎる。
休んだ前後から、いろいろと自由の身になる決意と覚悟を決めていて、
11月の終盤ごろ、その仕込みを終えて解放された。気持ち文章も晴れやかだ。
あと、10月以降「テキストインプッター」というものを開発し、
裏でカタカタと散文を書き散らしている。いわば文章力養成ギプスだ。
内容は日記へ載せられないような、火気のある話題への所感だったり、
制作中の作品に関わるアイデアの殴り書きだったりと、思考の羅列そのもの。
時系列が飛ぶが、直近の垂れ流しから載せられる部分だけをチラ見せ。

このように、わりと乱雑でとっちらかった所感を書き連ねている。
12月
暇になったことで、哲学的な思考のはなしが一気に増え出した。
本当にわかりやすいヤツ。別にいまも変わらないけれど。
文章の観点から見ると、7月からだいぶ久々にSSを公開。
とても面白い、とはさすがに言えないが。オチもドッキリ要素もないし。
ただまあ、子供と大人の対比表現、というか……
文体と情景描写についての練習にはなったので、及第点かな。
SSを書き切ったことで、執筆欲みたいなものがいったん引っ込み、
ここからしばらくは、Web製作について興味を持つことになる。
とはいえ、そんな中でも日記の毎日投稿はなるべく守っている。
そもなんで興味を持ったかというと「執筆のお膳立て」のためだし。
テキストインプッターのアップデート、ブログの改修などは、
のちにマスカミューズのサイト製作で用いる、CSS技術の練習にもなってたり。

