近年のSNSには、なんらかの形でコメント……感想を書く場がある。
かつ、わずかな例外を除いてコメント自体にも評価が可能だ。
普段意識されていないが、コメントもコンテンツの一種である以上優劣がある。
情報的優劣だ。新たな視点、意図の考察、文脈を用いたひと笑い、など。
反対に、当たり障りのない、ありきたりなコメントは下に沈む。
面白かった、次も期待してます、といった毒にも薬にもならない情報たち。
そういうコメントをたびたび目にしては、無意識レベルでの違和感を覚え、
コメントを「優劣」で判断していることだと自覚し、自己嫌悪に入る。
本来感想とは自由なものだ。人それぞれあっていいはずのものだ。
それを、自分に役立つかとか、笑えるかとかで判断したくない。
でも、いつのまにかしてしまっている。目に入るとなぜかピリつく。
とくに誰かを傷つけているワケでもないのに。不思議だ。
情報という形ですべてが対等、というのはこういったデメリットも生む。
うまい付き合い方を考えなくてはいけないな。
今日はここまで。

